日本における中絶 ーーー 配偶者同意要不要の問題は、中絶をめぐるほんの小さな一つの問題

「中絶」は複雑な問題である。中絶の際、中絶されるのは何なのか、誰の何が守られるべきなのか、誰が決定の主体なのか。少し考えただけでも、永遠に人類が合意する答えを得ることのできそうもない問いや、決して交わることのない平行線を辿る議論が思い浮かぶ。この数年、多くの国で中絶をめぐる法律の改正や改悪がみられたが、殊にコロナウィルス危機下、今日に適用できない制度見直しの必要性が浮き彫りになった。中絶をめぐる法律や政策は、多くの場合、古臭く時代遅れであるのが現実だ。

時代遅れで古臭いものーーーその一つが、中絶の際に必要とされる「配偶者同意」だ。配偶者と一言で言っても、一筋縄ではいかない。例えば、結婚していないカップルが妊娠した時、配偶者とは一体誰なのか?中絶に配偶者同意が必要ということは、セックスや妊娠は、結婚しているカップルの間でのみ起こることであるという、率直に言って古臭い想定が根底にある。配偶者同意は、日本・インドネシア・トルコ・台湾・クエート・イエメン・サウジアラビア・モロッコ・赤道ギニア・シリア・アラブ首長国連合など、ざっと挙げても少なくとも11か国・地域に存在する。韓国でも、つい最近2020年12月に中絶をめぐる法律が改正されるまで、配偶者同意が中絶に必要条件であった。

日本には母体保護法(1996年に旧優生保護法から改定)があり、今日、この法律で示される条件に当てはまる場合のみ中絶をすることができる。中絶できる医師は、母体保護法で指定されている医師のみだ。母体保護法の土壌には刑法堕胎罪が存在し、基本的に中絶は違法であるが、母体保護法が例外的に条件を付けて許可しているということである。堕胎罪に抵触すると、堕胎した本人の場合、最長一年までの禁固刑に罰せられる。

行の母体保護法は、中絶の際に配偶者同意を必要条件としている。病院や医師は、法に抵触することを恐れることもあるため、性犯罪の結果妊娠した人が、加害者の同意を提示できないことを理由に中絶を拒むこともある。最近も、病院をたらい回しにされたケースが報道され、中絶における配偶者同意廃止を求める動きが活発になった。これを受け、20203月には、厚生労働省は家庭内暴力などで婚姻関係が事実上破綻しており、配偶者同意を得ることが困難な場合に限って配偶者同意を不要とするガイドラインを示し、これを受け、日本産婦人科医会は、各都道府県の産婦人科医会にその旨通知した。

性暴力の結果の妊娠中絶に配偶者同意は必要ない」というガイドラインはとりあえず、現状より一歩前進と言えるものであろうが、そんなものでは不十分、とフェミニストが主体となり、中絶における配偶者同意そのものの廃止を求め、活発な署名運動も繰り広げられている。オンラインの署名およそ41000にのぼり、20219月厚生労働省に提出され

ここで少し日本以外の国にも目を向けてみよう。例えばインドネシア。インドネシアの法律では、二つのいずれかの条件に当てはまる場合にのみ中絶をすることができる。一つは、妊娠がレイプにより引き起こされた場合。もう一つは、医学的見地から、母子あるいは母体の生命が危機に晒されている場合。いずれにしても、6週以内の場合のみである。6週というと、月経予定日から2週間以内であり、妊娠に気がつかない場合も多々ある。医学的見地から母子あるいは母体の生命が危機に晒されている場合の中絶においては、配偶者同意が求められる。この法律でも、セックスと妊娠は、婚姻関係にある者の間でのみ起こるという想定がある。2015年、法律はさらに厳しくなり、妊娠している人が生命の危機に晒され、配偶者同意が得られない場合には、家族の同意を提示することが付加された。また、実際に生命の危機に晒されているのか、病院の産科婦人科などで検査され、証明されなければならない。レイプの結果の妊娠においても、本当にレイプであったのか、医師・警察・カウンセラーから綿密に調査され、証明が必要となる。これは、犯罪の被害を受けた人にとって、レイプに続く屈辱であり、身体的肉体的負担・苦痛を伴うものだ。

トルコでは1983年に中絶が合法化されたが、やはり、配偶者同意が必要条件である。最近のトルコに関する研究は、離婚を間近にしている人が妊娠した多くの場合、配偶者同意を取り付けることは非常に難しいことを報告している。家庭内暴力の結果の妊娠であることがしばしばだからである。

多くの国の法律は、レイプで引き起こされた妊娠の場合と、配偶者同意を必要条件とした上の条件付きで中絶を許可しているが、実際には「レイプ」と「配偶者同意」を引き離して考えることでカバーできない場合もあるし、この二つが一つの法律に共存している故にどう捉えていいか分からない場合もある。たとえば、夫婦間レイプ。夫婦間ではあるが、妊娠の原因はレイプ・暴力である。果たして暴力をふるう配偶者から同意を取り付けることは可能であろうか?暴力を振るう人に中絶同意をお願いする・許可してもらうというのは、暴力を振るわれた挙句の果てに妊娠し、中絶を希望する本人の主体性を否定するものではないか?また、暴力を振われ、妊娠した人は、何らかの理由で家庭内暴力を公にしたくないかもしれない。あるいは、通報しても、家庭内のことだから、と、暴力とみなされない場合もあるかもしれない。どうせ信じてくれない、と公にすることを恐れることもあるかもしれない。

このように、現実に十分ありうる様々な場合を想像してみると、配偶者同意が合法的中絶の条件である故に中絶を受けることができず、危険な中絶に頼らざるを得ない場合は多々あるだろう。世界保健機関(WHO)は、「安全な中絶」を以下のように定義している。

女が中絶をするにあたり、第三者が許可をする必要はない。配偶者の同意や許可を求めることは、中絶を希望している人のプライバシーや、医療へアクセスする権利を脅かしている可能性がある。プライバシーや医療のアクセスの権利という点において、男女は平等である。

中絶の際に法律により求められる配偶者同意は、WHOの定義する安全な中絶の概念に反していると言えよう。

さて、日本。20203月発行のガイドラインで、性犯罪つまりレイプの場合、加害者を知らないことが多いであろうから同意は不要となったが、それでもまだ矛盾がある。最近の日本のケースで、知人にレイプされた女性が病院で中絶を受けようとした時、病院から、知人だったら知り合いであるからその知人から中絶のための同意を得るように求められたケースがあった。統計は、実はレイプの加害者は、配偶者を含め、知人であることが少なくないことを報告している。殊に、加害者が配偶者・パートナー、あるいは元配偶者・パートナーであることは多い。このような暴力は近親間暴力(Intimate Parter Violence: IPV)と呼ばれるが、世界保健機関(WHO)によると、世界中の女性の約3分の1IPVを経験しており、女性が死亡する原因の約38%がIPV報告されている。日本の場合、18歳以上の13人に一人がレイプを経験しているが、通報しないケースもあるであろうから、実際のレイプ数はもっと高いと思われる。妊娠の原因が家族や元配偶者など近親者からのレイプであり、レイプの加害者を知っている、あるいは現在の配偶者である場合、どうしろというのであろう?配偶者からのレイプであっても、何らかの理由で誰かにその事実を伝えたくない、仕返しを恐れて暴力の事実を公にしたくない場合もあるかもしれない。また、レイプであることの証明ができない場合はどうなるのだろう?女性の言葉はいつも信じてもらえるのだろうか?また、同じ女性が家庭内暴力という理由で何度も中絶を行う場合、病院側はどう対応するのだろう?女性が、病院に対し配偶者からの暴力であると告げたことを配偶者が知った時、女性を仕返しをしないように守るのは誰なのだろう?レイプや家庭内暴力の場合、配偶者の同意が不要になっても、それに伴ってあらたな問題が発生するように思えてならない。女性が晒される新たな危険が生じるように思える。

遠隔からオンライン診察で中絶薬を提供しているWomen on Webは、日々、様々な状況に置かれている女性からリクエストを受けている。2013年から2020年の間、Women on Webは、4,159件の中絶薬を使った中絶へのリクエストを受け取ったが、その中には、身体的にも経済的にも完全に夫の監視下に置かれている女性からのリクエストもある。日本で中絶は外科手術のみ可能で、妊娠週数にもよるが、10万円から20万円(900ユーロから1800ユーロくらい)という高額なものである。暴力を受けている場合、経済的にも牛耳られていることが少なくない。また、どこに出かけるのか等、細かく監視されている場合もある。いざ、医療従事者が、暴力の結果妊娠中絶を必要とした人を目の前にした時、その人にお金がない場合はどうするのだろうか?暴力の結果妊娠し、中絶を希望している人が病院に出かけることができない時はどうするのだろうか?暴力の場合配偶者同意が必要ないことは結構だが、暴力は身体的暴力のみにとどまらない。身体的暴力の周辺には、身体以外の暴力があることも多い。この点に関して、政府は何か手を打つことを考えているのだろうか?

 また、中絶の際、相手の同意を得ることが難しいのは、暴力の場合だけではない。例えば、20216月、愛知県の看護学生が公園のトイレで出産した子を遺棄したとして、保護責任者遺棄致死罪などに問われた事件。この場合暴力による妊娠ではなかったが、看護学生が予期せぬ妊娠を告げると、男性は、彼女との連絡を絶つ。中絶への同意が得られない中、病院で中絶もできず、彼女は孤立し、公園のトイレで出産をせざるを得なかった。妊娠を知った途端、男性からの連絡が途絶えるーーー悲しいことだが、珍しいことでもない。ガイドラインは、必ずしも暴力が介入していなくても、このように孤立してしまった女性を眼中に入れていない。

中絶の際要求される配偶者や家族同意は、一人の女性が妊娠に至るまでの経過や、彼女が置かれている環境は、それぞれ異なるものであり、全く同じ状況など二つとして存在しないということを想定していない。また、「暴力の場合配偶者同意は不要」とするガイドラインも、配偶者同意を不要とすることだけでは網羅しきれない背景や状況があるということを無視している。中絶に条件をつけるということは、個別の経験を消去し、妊娠している人の主体性を剥奪することなのだ。暴力の場合、配偶者の同意は必要ない、ということは、確かに前進ではあるが、ほんの一歩の前進にしかすぎない。問題はまだ山積みである。それどころか、女性をこれまで述べたような新たな問題に直面させることになるかもしれない。